おじいちゃん

父方の祖父が先週の土曜日に亡くなったので、今週の火水曜で北海道に行ってきた。
最後の3ヶ月は従姉妹のAちゃん(専業主婦)がびっしり看病してくれて、そのおかげでおじいちゃんこれだけ長生きできたよね、とみんな言っていた。
東京から向かって、納棺の時間である15時にはギリギリ間に合ったもののゆっくり対面できず、お通夜の後でうちの子どもたちが寝てからの深夜に、なんとか落ち着いてゆっくり対面できた。既に死後数日経っていたということもあり、おじいちゃんはなんだか蝋人形のような見た目だった。
たくさん可愛がってくれてどうもありがとう、うちの息子くんを抱っこしてくれてありがとう、たくさん長生きしてくれてありがとう、嬉しかったよ、という内容のことを伝えてきた。
身近な親族が亡くなるのは初めてのことで、やっぱり悲しくて、いろいろ思うところがあった。もうずっと危ない状況が続いていたから訃報を聞いたときは、ついにそのときが来てしまったか…と思ったくらいでどこか実感なく、でもお葬式に向かう道中では亡骸と対面しなくてはならない辛さに押しつぶされそうになってすこし涙が出た。でも実際に対面したときは周りにみんないたのでボロボロ泣けるような雰囲気でもなく、おじいちゃんとの時間を全く過ごせずにモヤモヤ…。深夜に対面できたので良かったけど…。しかし赤ちゃん連れのお葬式は式の合間にも何度も中座しなければならなくて全然落ち着かないし、娘ちゃんは賑やかな場所ではしゃいじゃって夜は全然寝てくれなかったりして、とにかく大変だった。
やっぱり焼き場でお別れするときは、悲しくてみんな泣いていた。それまではわりとおとなしかったおばあちゃんが少し取り乱して、炉の中に入っていきそうな勢いだったので周りに止められ(笑)最後に「おとうさん(おじいちゃんのこと)、迎えに来てね」と言っていた。
東京への帰り道、空港でスープカレーを食べながらおじいちゃんのことを思い出して、生きてる間にたくさん美味しいもの食べれたかな、と考えたり。テレビで野球中継が入ってるのを見かけると、おじいちゃんは大好きな野球ももう見れないんだな、と思ったり。当たり前なんだけど、もうおじいちゃんと会うことはできなくて、もうおじいちゃんと何かするということもできなくて、おじいちゃんには明日以降の予定はもう無いんだということ、もう人生でやるべきことをすべて終えて眠りについたんだということが、ずっしりと重く感じられた。
私にはまだやるべきことがたくさんある。家探しをしたり、子どもたちの学校をどうしようとか考えたり、車を買おうか悩んだり。明日明後日の単発の予定もあるけれど、長期的に計画すべきこと(住宅ローンどうする、とか学資保険どうするとか)がもろもろあって、人生まだまだやることいっぱいあるな、生きてるな、自分はまだ若いんだな、と思った。
これがあと10年、20年、とずっと過ぎていくと、やるべきこと、特に長期的に計画すべきようなことがどんどん終わっていくんだろうなと思う。そうなるとあとは旅行に行ったり、友達と会ったり、それこそ病院に定期的に通うとか、孫に会って成長を感じるとか、そういった種類の「やるべきこと」「予定」が大半になって、それを楽しみにすることで生きてると実感するようになるのかなと思った。
おじいちゃんは3ヶ月前の入院の際には『もう退院はできないだろう』と言われてた。そうなってしまうともう旅行だとかの短期的な「予定」すらも入れられなくなってしまう。だけど全く何も予定がなくなってしまうと、それこそ生きていけないような気がする。私は東京に戻る前の最後のお見舞いのとき、別れ際に「おじいちゃん、またね」と言った。再び会うことはたぶん叶わないだろうことはわかっていて、実現可能性の低い予定を入れたことになるけど、それはきっと間違ってなかったと思う。従姉妹のAちゃんが、毎日の看病の最後にきっと「おじいちゃん、また明日来るよ」と伝えていたはずで、しかもこちらは実現可能性が非常に高い「予定」で、これはおじいちゃんにとってかなり救いになっていただろうなと思う。本当に従姉妹のAちゃんには感謝だ…。
「やるべきこと」や何かしらの「予定」があるということが、生きているということなのかなと漠然と思った。
本当に全くうまく言葉にできてなくて情けないくらいだけど、思ったことをどこかに残しておきたいのでここに書き留めておきます。